ある忘れたくない出来事☆

これは 2009年7月17日の 出来事。
忘れないように ここに買いておきます!


その日朝から幡ヶ谷に出かけた用事は 

前日に髪を切りにいったんだけど 
頼んでいた子守りが タイムリミットになったので 
なんと カットの途中で帰宅。 
翌日 子連れで出直して ラムネと絵本でごまかして 
膝にのっけたまま 切ってもらったのだ 

カットの途中で帰ったのなんて もちろん初めて。 
翌日の午前中 わたしは京本政樹みたいな髪型!! 

美容院行くまでも 京本政樹カットで行った。 
で ささっと襟足きってもらって

なぜか 我が子の顔みていたら
昔 訪問介護に行っていたおばあちゃんに会いたくなって

代々木上原まで歩くことに。

じつに3年半ぶり。 
今までも 何度も通っては ためらって 
ノックできなかった
なぜかとゆうと 
そのおばあちゃんは 私とおばあちゃんの孫を結婚させたくて 
あれこれ手回ししてくれたんだけど 

会ってみたけど全然タイプでなくて(きっとあっちも笑)ながれたり、
当時風呂なしに住んでて貧乏な私を住ませてあげるといって 、ある日突然お部屋の改造までしてくれたり、、、

 

若すぎた私は 甘えっぱなしで ヘルパーとして一線引いた付き合いが上手くできず 会社にも迷惑をかけ、

おばあちゃんには、あいまいな答えをしてしまって 
散々 その気にさせたのに その部屋には住むこともなく、退職することになった 。。

 

 

気マヅイなあ、、、

でも 会いたいなーって 
思いながら 3年たってしまった。 

もう今日いかなきゃ 次はない! 
しかも 生きているかもわからない 

それだけでも 確認しに行こう!と 
近くまでいって 家政婦は見た みたいな怪しい私は 
陰から そっと玄関を物色。 
したら タクシーが迎えに来て 

ヘルパーらしき人と出掛けていくとこだった


よく考えたら 今日は木曜日!六本木のアークヒルズに通院の日だ! 
では 帰ってくる頃に また来てみよう! 

と いったん 代々木のお友達んちに急遽おじゃまして 
また 出直したら 
ちょうど 玄関におばあちゃんが!!!! 
思い切って 声かけてみた! 
そしたら 子供もいるし めっちゃびっくりして 
すぐ 中に入ってーと言ってくれた。涙が 出た

おばあちゃんは 体が固まっていく病気で 
3年の月日は あきらかにその病気を進行させていて 
腰も曲がっていたし 箸ももてないし 二階と一階の行き来さえ出来なくなっていて 二階は 全室誇りをかぶっていた。  
介護ベッドも昔は無かったけど ベッドの横には簡易トイレもあった 
もう トイレまでも歩けないほど進行しているってことだった 

昔は リハビリよって言って電車で六本木まで行ったこともあったけど 
もう タクシーに乗るだけでも15分くらいかかる体になってしまっていた 
ほんとーーーーに 
今日来たのは ぎりぎりの とこだったかもしれない 
もう限界は越えている体で一人暮らしはキツい、と 
施設に入ることにしたらしい。 

こころの中では 3年会えなかったことも忘れるほど 
あの頃のままでも 時間の経過の残酷さは 

おばあちゃんの体が 教えてくれていた  

息子が これだけ色々出来るようになったこの時間に、 

もうひとつの時間は 確実にどこかで 流れているってゆうことだった 


へんな思い込みや意地で 誰かに会いたいけど 
会えずに何年も経ってしまってることがあったら 
一時の恥とか捨てて 思い切ってノックしてみないと! 
と 心から思った。 
4時間くらい環と滞在して そろそろ帰ろうとゆうとき 

「ねえ 一曲弾いて帰ってよ」 

と おばあちゃん 

もー なんぼでも 弾きますよーと 
二階に電子ピアノがあるので 向かおうとすると 

「私 時間かかっちゃうから ゆっくり 二階に上がるから 
 先に行って 弾いてて  聴いてるから」 

とおばあちゃん  

よし! と先に上がって 暖房になったままのエアコンを冷房にして 
ピアノを弾き始めた。 

なんせ 階段の下で聴いているので いつもみたいに ごちゃごちゃ 
弾いていたんじゃ 何弾いてるかワカランだろうと 
ド ミ  ソを丁寧に 音を減らして減らして  ゆーーっくり弾いてみた 


しばらく たっても 上がってこないおばあちゃんの様子を見に行ってみたら 

「やっぱり だめ やんなっちゃうわ ここで 聴いてるから」 

と階段の下に座り込んで目を閉じて聴いてくれていた。 

わかりました!と  

もういっかい 電子ピアノに座って 階段の下に向かって  

今まで うたったことないくらい 大きな口あけて 

はっきり ことば伝えないと!と ゆっくり歌ってピアノも一番必要な音しか 

使わないで 弾き語りした。 

前に テネシーワルツが 好きだと言っていたので テネシーワルツ歌ったのに  面白いことに おばあちゃん リクエストをしてきた! 

「ねえ 田中さん あれやってよ  マイケルジャクソン」 

おお!!! おばあちゃん!そっっちかい!!!! 

私は ビビった!笑 

I'LL BE THERE しか覚えてないので ゆっくりひいてみた 

こんなことなら スリラーとか練習しとくんだった、、、、 


二階から一階に向けて こんだけ 本気で演奏したの初めてだった 

もーー カメハメ波でも 出そうなくらい 

体じゅうで 絞りだして 一階に気を送ったってかんじ 

めぐるも ただならぬ雰囲気を察していた様子。 

そんなこんなで 疲れたよ 母ちゃん 

訪問介護もいいけど 

訪問音楽 やろうかなー  

独居老人の皆様に こんなつたないピアノと唄でも 

もし 喜んでもらえるのなら 

やってみたい!!!! 

そう 思った 一日だった! 

 

 

 

 

 

そして それから年月は 過ぎ

 

三茶に住んでいたので 下北まで出れば代々木上原も急行で すぐそこ。

しかし 子連れでいくには 近いようで遠い距離。

毎日 一緒に夕飯たべよう!そう思ったのも つかの間。なかなか実現せず

数回行っては 近況を伝えたりしていた

 

そこで 思ったこと。私が行く事が 迷惑だったらどうしようかとゆうこと

お元気ですか と声かけしたとき パーキンソン病なのに元気なわけないわよね

と言われたことがあった。そうです。風邪ひいてるわけと違う

出来ていた事が どんどん出来なくなり 施設に入らないとならない日がくると

おっしゃった。 いくつか候補はあるけど どこもいっぱいだそうで、

なんとも 私にはかけることばが見つからなかった

 

そして 離婚して山口県に帰ってきたわたし。

とはいっても ちょくちょく東京に来てたし 毎回代々木上原にはピアノのレッスンで

来てたので時間ができれば、と思いつつ 息子や私の体調不良でいけなかったり

でも 電話してから、とゆうと気をつかわせてはいけないし 前みたいに

ちょっと自分のなかでタイミングを待っていた。

 

そして2012年3月 レコーディングに来た時は報告もかねて訪ねようと

心にきめていたところ みんなでインフルエンザ、、、、

 

CDもリリースされ7月になってしまいました。よし!と

心をきめて 代々木上原の生徒さんに向かう途中に 電話してみることにする

すると、、、、、

「この番号は 現在 つかわれておりません」

とゆう予想していなかった現実  一瞬パニックになるも レッスンの間色々思いをめぐらしていた

レッスンの後 家に直接いってみる。

 

通り過ぎて 井の頭通りに出てしまった、、、もういちど駅からやり直す

毎週きていた家だ 間違えるはずもない。

そして だだっぴろい更地の前で 足が止まった。

ここだった。 もう 予想をしてたような してなかったような いろんな思いが

一気に涙になって 押し寄せて来た。

私は 何をやってたんだ 自分のタイミングと自分の都合で、何をやってたんだ

と 何度も悔やんだ

 

が そのとき あの日、2009年のあの日に、入りたいけど入居待ちが沢山いるといっていた

施設の名前を なぜかレシートの裏に書留めたことを思い出した。なんだったか、、、、

そして それをどこにやったか、、、、全身全霊で 脳みそを検索した!

そうだ!!!パソコンのうしろのコルクボードに貼ったかも!!!と 実家の父にすぐ電話して

確認したら あった!!!そこには ひらがなで おばあちゃんが言ったままの施設の名前が

記されていた。 iPhoneで検索してみる。 それらしき施設が都内に2件。両方電話してきいてみよう

でも 個人情報の公開はもちろんしてくれない。なので だめもとで事情を伝えてみた

そしたら そのうち一つ いらっしゃる気配を察知した。もう行ってみるしかない!!と

施設に直接行った。面会の許可をいただき ご本人についに会える事になった。

 

そして 私の顔をみるなり「あら しばらくね」とおっしゃった

その方らしい 一言目だった。

その様子は 力強く 表情もしっかり、何一つ お変わりないのではないかと

一見思えるほどだった あわてて手ぶらだった私に たくさんお菓子の手みやげくださった

 

お会いすることが 私の自己満足だったらと思いためらっていた月日が 

実にもったいなく思えた 私は こうして会話する事が本当にありがたく

また 秋にお会いしましょう と言って施設をあとにした  が、

二日後 今度はまた息子連れて 江ノ島のお土産と自分のCDを渋谷のタワーレコードで

買って(手持ちのを売り切ってしまったので 笑)それを持ってきた

「あら またきたのね」とゆう表情で 微笑んでくださった

CDも聴いてくださった。 

 

二日前に また絵を描いてみせてください と言ったからか 伺ったとき絵を描いてらした

私は 二日前に話の中で表参道の とある店のケーキがとっても美味しいとおっしゃってたので

一緒に食べようと買ってきて みんなで食べた。 きっと 秋にまた 会えると確信した。 

 

私は 良い方に沢山出会えていたのに 自分勝手な理由などで連絡が途絶えてしまったり

充分な恩返しができないまま去ってしまったりしてる。

でも それでも こうして つながっていられる方に みんなのぶん 精一杯

ご縁を大事にしていこうと 思った。

 

そして その後の山口に帰ってからの里山ライブの時に ここにいるお客さんの事は

もちろんだけど ここに来られない方や これまでの人生に対して 

恥ずかしくないように 一所懸命音を紡いでいこう、って思えた。

 

音楽は 神聖なもの。。。とゆう とある人の言葉を胸に これからもがんばろうと思った

時に 音楽は 

娯楽にもなるし 苦痛にもなる

 

まだまだ 分からないことだらけだけど ここ数日で 私の中の意識は 確実に変わった

 

この気持ちを忘れないように ここに記しておくことにする

 

 

 

2012/8/3